正常圧水頭症(せいじょうあつすいとうしょう, normal-pressure hydrocephalus; NPH)は、明らかな脳圧亢進症状の見られない、水頭症の一種である。
日本では特定疾患に認定された指定難病である。
好発年齢は60歳以降。発症頻度に明らかな男女の差は認められていない。
特発性の正常圧水頭症は、認知症と診断された患者の約5%を占める。
脳脊髄液は、脈絡叢で産生され、各脳室を通り脊髄腔に流れ、吸収される。
この脳脊髄液の生成・循環・吸収のバランスが崩れ、急激な脳圧亢進症状を来たす事無く慢性的に軽度の脳圧亢進状態が持続すると、脳の機能が次第に障害される。
特発性の本症では、軽いくも膜炎によってくも膜が癒着や線維化し、脳脊髄液の循環不全を起こすと考えられている。
又、微小な脳梗塞病巣により、脳室周囲組織の弾力性が低下し、脳室が拡大するとの機序も考えられている。
単に老化に伴って物覚えが悪くなるといった誰にでも起きる現象は含まず、病的に能力が低下するもののみを指す。
又、統合失調症等による判断力の低下は、認知症には含まれない。
又、頭部の外傷により知能が低下した場合等は高次脳機能障害と呼ばれる。
日本では嘗ては痴呆と呼ばれていた概念であるが、2004年に厚生労働省の用語検討会によって「認知症」への言い換えを求める報告が纏められ、先ず行政分野及び高齢者介護分野において「痴呆」の語が廃止され「認知症」に置き換えられた。
各医学会においても2007年頃迄にほぼ言い換えがなされている。
認知症は70歳以上人口において2番目に多数を占める障害疾患である。
全世界で3,560万人が認知症を抱えて生活を送っており、その経済的コストは全世界で毎年0.5-0.6兆米ドル以上とされ、これはスイスのGDPを上回る。
スイスのGDPは6598億ドルなので=72兆円!
患者は毎年770万人ずつ増加しており、世界の認知症患者は2030年には2012年時点の2倍、2050年には3倍以上になるとWHOは推測している。
現在の医学において、認知症を治療する方法は未だ見つかっていない。
安全で効果的な治療法を模索する研究が行われているが、その歩みは難航している。
以前よりも脳の機能が低下し、主に以下の様な各種症状を呈する事となる。
中核症状
程度や発生順序の差はあれ、全ての認知症患者に普遍的に観察される症状を「中核症状」と表現する。
これ等は神経細胞の脱落によって発生する症状であり、患者全員に見られる。
病気の進行と共に徐々に進行する。
周辺症状(BPSD)
全ての患者に普遍的に表れる中核症状に対し、患者によって出たり出なかったり、発現する種類に差が生じる症状を「周辺症状」、近年では特に症状の発生の要因に注目した表現として「BPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia:行動・心理障害)」「non-cognitive symptoms」と呼ぶ。
主な症状としては幻覚(20-30%)、妄想(30-40%)、徘徊、異常な食行動(異食症)、睡眠障害、抑うつと不安(40-50%)、焦燥、暴言・暴力(噛み付く)、性的羞恥心の低下(異性に対する卑猥な発言の頻出等)等がある。
発生の原因としては中核症状の進行に伴って低下する記憶力・見当識・判断力の中で、不安な状況の打開を図る為に第三者からは異常と思える行動に及び、それが周囲との軋轢を生む事で不安状態が進行し、更に症状のエスカレートが発生する事が挙げられる。
前述の通り、中核症状と違い一定の割合の患者に見られ、必ずしも全ての患者に同一の症状が見られるとも限らない。
又、その症状は上記のもの以外にも非常に多岐に渡り、多数の周辺症状が同時に見られる事も珍しくない。
中核症状が認知症の初期・軽度・中等度・重度と段階を踏んで進行して行くのに対し、周辺症状は初期と中等度では症状が急変する事も大きな特徴である。
初期では不安や気分の沈みといった精神症状が多く、中等度になると幻覚や妄想等が発現する。
嘗ては中等度になると激しい症状が現れ、患者は日常生活を行う能力を急速に喪失して行き、周辺症状の発現と深刻化によって家族等の介護負担は増大の一途を辿る為、「周辺症状=中等度」との固定観念が存在したが、現在では軽度でも一定の症状が発生する事が分かって来た為、その固定観念の払拭と、より原因に着目した表現としてBPSDが用いられる様になった。
激し過ぎる周辺症状が発生した場合、向精神薬等を用いて鎮静化させる事もあるが第一選択としては推奨されず、前述の通り不安状態、及び認知能力が低下した状態での不安の打開方法としての行動が原因である為、先ずその不安の原因となっている要素を取り除く事が対処の基本となる。
中核症状の進行を阻止する有効な方法は確立されていないが、適切な介護・ケア方法によって周辺症状の発生を抑え、明確な症状が見られないままターミナル期を迎える事も可能である。
初期の状態での適切なケアが重要となる。
その他の症状
実臨床においては、アルツハイマー病と白質型多発性脳梗塞の合併が多く、後者では歩行障害(パーキンソン症候群。開脚性を伴う事も少なく無い)及び排尿障害(進行すると尿失禁に至る)が屡々(しばしば)見られる。
アルツハイマー病(アルツハイマーびょう、Alzheimer's disease、AD)とは、脳が萎縮していく病気である。

アルツハイマー型認知症(Major Neurocognitive Disorder Due to Alzheimers Disease)はその症状であり、認知機能低下、人格の変化を主な症状とする認知症の一種であり、認知症の60-70%を占める。
「認知症」の部分は訳語において変化は無いが、原語がDSM-IVでは Dementia であり、DSM-5では Major Neurocognitive Disorder である。
Dementia of Alzheimer's type、DAT、Alzheimer's dementia、ADとも呼ばれていた。
階段状に進行する(即ち、ある時点を境にはっきりと症状が悪化する)脳血管性認知症と異なり、徐々に進行する点が特徴的。
現在の所、進行を止めたり、回復する治療法は存在していない。
運動プログラムは日常生活動作を維持し、アウトカムを改善すると言う利益がある。
罹患した人は、徐々に介護支援が必要となり、それは介護者にとって社会的、精神的、肉体的、経済的なプレッシャーとなっている。
全世界の患者数は210 - 350万人程(2010年)。
大部分は65歳以上に発病するが、4-5%程は若年性アルツハイマー病 (Early-onset Alzheimer's disease) としてそれ以前に発病する。
65歳以上人口の約6%が罹患しており、2010年では認知症によって48.6万人が死亡している。
ADは先進国において、最も金銭的コストが高い疾患である。
脳梗塞(cerebral infarction/stroke)、又は脳軟化症とは、脳を栄養する動脈の閉塞、又は狭窄の為、脳虚血(脳の血液が不足し、脳組織に十分な酸素、栄養が供給されない状態。一見、健康に見える場合もある)を来たし、脳組織が酸素、又は栄養の不足の為壊死(通常の死とは違い、体の一部分を構成する細胞だけが死滅する。感染、物理的破壊、化学的損傷、血流の減少等が原因となる。血流減少によるものを特に梗塞と呼ぶ。細胞の死ではあっても、血球、皮膚、消化管の粘膜上皮の様に正常な細胞、組織が次々に補充され機能的な障害、組織学的な異常を残さないものは壊死と呼ばない。ネクローシスとは、自己融解<個体の死亡後にその組織や細胞が自身の酵素により蛋白質、脂質、糖質等が分解され軟らかくなる現象>によって生物の組織の一部分が死んでいく様、又は死んだ細胞の痕跡の事である)、又は壊死に近い状態になる事を言う。

又、それによる諸症状も脳梗塞と呼ばれる事がある。
脳血管障害(cerebrovascular disease)とは、脳の血管が障害を受ける事によって生じる疾患の総称である。
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脳血管障害は
脳出血(出血性脳血管障害)と
脳梗塞(虚血性脳血管障害)の
2つに分類され、更に脳出血は
脳内出血と
脳梗塞は脳血栓
及び脳塞栓に分類される。
急激に発症したものは、脳卒中(stroke、apoplexy)、脳血管発作(cerebrovascular attack、CVA)、一過性脳虚血発作(TIA)と呼ばれる。
俗にヨイヨイ、中風(ちゅうふう、ちゅうぶ)とも呼ぶ。
それに対して、ゆっくりと進行して認知症(脳血管性認知症)等の形をとるものもある。
レビー小体型認知症(Dementia with Lewy Bodies; DLB)は1995年の第1回国際ワークショップで提案された新しい変性性認知症の一つである。

日本の小阪憲司等が提唱したびまん性レビー小体病を基本としている。
日本ではアルツハイマー型認知症や脳血管性認知症と並び三大認知症と呼ばれている。
進行性の認知機能障害に加えて、幻視症状とパーキンソン症候群を示す変性性認知症である。
パーキンソン症候群は、パーキンソン病以外の変性疾患や薬物投与、精神疾患等によりパーキンソン様症状が見られる疾患・状態を指す。
パーキンソニズムとも呼ばれるが、パーキンソニズムは症状そのものをも意味する。

パーキンソン病は、手の震え・動作や歩行の困難等、運動障害を示す、進行性の神経変性疾患である。
40歳以上の中高年の発症が多く、特に65歳以上の割合が高い。
本症以外の変性疾患等によりパーキンソン様症状が見られるものをパーキンソン症候群と呼ぶ。
文献によっては四肢体幹の屈曲位、すくみ現象を含めた六徴の内安静時振戦、アキネジア(無動)・寡動の他もう一つがあった場合を指す場合もある。
筋強剛を中核症状と考える事が多い。
UK PARKINSON’S DISEASE SOCIETY BRAIN BANK CLINICAL DIAGNOSTIC CRITERIAでは動作緩慢に加えて、筋強剛、安静時振戦、姿勢保持反射障害の3つの内少なくとも一つが認められる時パーキンソン症候群としている。
DLB患者は、運動のスロー化、手足の震え、幻視、睡眠障害、失神、バランス失調、転倒等を経験する。
覚醒状態は日々変化し、はっきりしている時もあれば、短期記憶が失われている日もある。
65歳以下が罹患する事は稀である。
アルツハイマー型認知症(AD)と同様、DLBに根治方法は無いが、理学療法等で症状を改善する事は出来る。
長く治療薬が無かったが、2014年、ドネペジルが進行抑制作用を認められ、世界初の適応薬として認可された。
ドネペジルは、コリンエステラーゼ阻害剤の1種であり、アルツハイマー型認知症(痴呆)、レビー小体型認知症進行抑制剤として利用される。
ドネペジル塩酸塩 (donepezil Hydrochloride) は、アリセプトと言う商品名でエーザイから発売され、嘗ては海外市場おいてはファイザーとの提携により、同名(Aricept)で販売されている。
「新薬開発におき、欧米企業に後れをとる」と批判されがちな日本の製薬業界であるが、アリセプトは日本国外市場でも市場占有率8割以上を誇る。
介護問題
介護については、現在でも多くの家族が認知症患者を介護しているが、その負担の大きさから心中問題に発展する事もある。
情死とも。
相愛の男女がその愛情の変わらない事とへの誓いの証として、情死(じょうし)とも言われる事から、転じて二人ないし数人の親しい関係にある者達が合意の上で一緒に自殺する事(例:一家心中)。
更に合意の無い殺人でも、状況により無理心中と呼ばれる事がある。
「心中」は本来「しんちゅう」と読み、「まことの心意、まごころ」を意味する言葉だが、それが転じて「他人に対して義理立てをする」意味から、「心中立」(しんじゅうだて)とされ、特に男女が愛情を守り通す事、男女の相愛を言う様になった。
又、相愛の男女がその愛の変わらぬ証として、髪を切ったり、切指や爪を抜いたり、誓紙を交わす等、の行為も言う様になる。
そして、究極の形として相愛の男女の相対死(あいたいじに)を指す様になり、それが現代に至り、家族や友人迄の範囲をも指す様になった。
認知症患者の介護は、24時間の見守りが必要であり、これは地域ぐるみでないと対策は難しい。
患者の多くは死ぬ場所に自宅を希望しているが、現状では大部分は病院で亡くなっている。
然し、この問題は家族や貧困の問題とされており、社会問題とされる事は未だ未だ少ない。
日本においては、患者の9割近くが65歳以上であり65歳未満の初老期の認知症患者(若年性認知症)の対策が遅れている為、その患者の家族負担は65歳以上よりも重いとされている。
介護保険においては、要支援2以上の患者が認知症高齢者グループホームを利用出来る。
認知症高齢者グループホームとは、認知症の状態にある要介護高齢者等が共同で生活をする高齢者介護施設。
主治医から認知症の診断を下された要支援2以上の高齢者に限り入所出来る。
入居する高齢者が少人数単位である事から、家族的な介護を行う事に特徴がある。
認知症の入居者が、只、介護されるだけでは無く、介護要員と共同生活を送る事により、認知症の進行を遅らせる事を目的としている。![]()

入居者は最大9人毎のユニット制をとる事になっている。
ユニットは、家族の様なイメージのものであり、入居者の単位である他、介護要員の単位ともなっている。
認知症高齢者グループホームを設置する場合においては、嘗ては3ユニット・定員27名の施設も認められたが、現在は2ユニット18名までの施設しか認められない。
2012年末現在、日本国内には10000軒を超える認知症高齢者グループホームがある。
施設が小規模で、その設置が容易である事から、設置開始以来5年間で6,000軒を超える迄に急増した。
その急増に伴い、施設・要員に質の悪いものがある事、経営状態が芳しくないものがある事も問題になっている。
2006年に大村市で発生した発生した火災死亡事故を受けて、消防用設備の強化が求められ、2009年の消防法改正により火災報知機の設置が義務となり、延床面積275平方メートルの施設ではスプリンクラー設置も義務化された。
嘗てはある程度自立している集団生活に支障が無い認知症患者を対象としていたが、その後国の方針として重度認知症患者も受け入れなければならなくなっている。
その為比較的軽い認知症患者と重度認知症患者が共同生活を営む事になる為、介護者側の負担も大きくなって来ている。
何れにせよ、認知症に対して、治療出来る様医学が発達する事、それが未だの現状であれば、介護に対し、家族や本人に負担がかからないサービスの向上を発展させるべきだと思います。