日本は、リオ五輪迄、陸上競技で25個メダルを獲得している。
因みに金メダルは7個ね。
片足で踏み切らないとダメ!
走り高跳びの世界記録は1993年キューバのハビエル・ソトマヨルが出した2m45㎝である。
走り高跳びの日本記録は2006年醍醐直幸の出した2m33㎝である。
その差12㎝。
日本選手のオリンピックでは、男子が1936年ベルリンオリンピックでの矢田喜美雄の5位が最高位の成績(1m97㎝)である。
このベルリンオリンピックではアメリカのコーネリアス・ジョンソンが2m3㎝で金メダルを獲得している。
使用されるポールは長く、しなやかな材質の物が用いられ、同じ様な跳躍競技である走高跳寄りも格段に高い記録が出る。
尚、棒高跳は跳躍競技に含まれるが、走幅跳 (Long Jump)、走高跳 (High Jump) の様な「ジャンプ」とは呼ばず、「手で棒を用いて飛び越える」と言うスタイルから、英語ではPole Vault(ポウル・ボールト)と表記され、競技者も「ジャンパー」では無く「ボールター」と呼ばれる。
棒高跳びの世界記録は2014年フランスのルノー・ラビニレが、室内で飛んで6m16㎝の記録を出している。
因みに自分のポールで飛んで良いし、表面が滑らかならば、太さや長さや材料は任意で良い。
危険予防の為ヘルメット被っても(着用義務は無い)構わない。
日本記録は、2005年屋外で澤野大地が5m83㎝の記録を出している。
1932年ロサンゼルスオリンピックで西田修平が4m30㎝飛んで2位銀メダル獲得となり、この種目で初のメダリストとなっている。
尚、金メダルはウィリアム・ミラーが4m32㎝飛んで獲得している。
西田修平は、ベルリン五輪でも銀メダルを連続獲得している凄い選手だ。
競技の着地点は普通、安全性と記録の行い易さから砂場となっている。
その砂場に出来た競技者の身体(普通は足)の跡の内、踏み切り地点より最も近い地点を着地点とし、踏み切り地点からの距離を記録とする。
手や尻を後ろに突いてしまった場合はその地点迄の距離が記録となる。
走幅跳は、大凡(おおよそ)4つの局面から成る。
助走局面と踏み切り局面、空中局面及び着地局面である。
その跳躍記録は、助走のスピードと高い関係がある事が分かっている。
尚、ウレタン舗装された全天候型の助走路の場合、選手のレベルに応じて踏み切り板の位置を変更出来る構造となっている。
走り幅跳びの世界記録は、1991年アメリカのマイク・パウエルが8m95㎝飛んだ記録を出している。
日本では1992年日本大学の森長正樹(因みに辛抱しんちゃんと同じ歳)が8m25㎝の記録が最高である。
オマケだが、1993年に当時星陵高校の杉林孝法が、7m76㎝飛んで、現在、高校生男子が飛んだ歴代6位にランクインしている。
1932年ロサンゼルスオリンピックで南部忠平が7m45㎝飛んで3位となり、この種目で初のメダリストとなった。
尚、その時の金メダリストはアメリカのエド・ゴードンである。
彼は7m64㎝飛んだ。
助走をつける走り三段跳と助走をつけない立ち三段跳があるが、単に三段跳と言えば通常は走り三段跳を指す。
ホップは、片足、又は両足で小さなジャンプをする時、又は同じ方向に進む時
ステップは、片方の足を持ち上げて前に出す事、歩く時や走る時に使われる。
「一歩踏み出す」と言う時に使われます。
「ステップ=足を前に出す」です。
ジャンプは、両足を地面に押し付けて空中に飛び上がること。両足で跳ぶ時。
なので
①ホップ「軽い片足ジャンプ」
②ステップ「一歩前に踏み出す」
③ジャンプ「両足で跳ぶ」
となります。
ホップとステップは同じ脚で連続的にする事になる。
例えば、右足で踏み切った選手は更にステップも右足、ジャンプを左足で行う。
尚、国際陸上競技連盟のルールでは「ホップでは、踏み切ったのと同じ足を競技者は先ず地面につけなければならない。ステップでは反対側の足をつけなければならず、そこから続いてジャンプが遂行される」となっており、踏み切った後同じ足でホップ、反対の足のステップでジャンプ、と言う具合に一つずつ動作名称がずれる。
三段跳びの世界記録は、1995年イギリスのジョナサン・エドワーズが18m29㎝飛んだものである。
日本記録だと1986年山下 訓史(やました・のりふみ)が17m15㎝飛んだものとなっている。
1928年アムステルダムオリンピックでは織田幹雄がこの種目で優勝し金メダルを獲得。
1928年の同大会から1936年ベルリンオリンピック迄日本人男子選手が三連覇を達成した。
アムステルダム&ロサンゼルス五輪は織田幹雄が連覇。
ベルリンオリンピックは田島直人が金メダルを獲得している。
尚、国立霞ヶ丘陸上競技場の第4コーナーにある掲揚柱「織田ポール」の高さは、織田幹雄がアムステルダムオリンピックで記録した15メートル21センチである。
2.135メートル(7フィート)の円内から前方に投擲する。
投擲の円内を中心とする、34.92度の扇形の内側の地面に落下した物だけが有効な試技となり、それ以外の場所に落ちた投擲は記録無し(ファウル)となる。
線上はファウルである。
又、サークルの中心から左右に横線が引かれており、その線の後ろ以外から出るとファウルとなる。
規定上、砲丸が両肩を結ぶ線より後方になってはならない為、砲丸を顎若しくは首の付近で固定し、片手で押し出す様に投げる(所謂野球のピッチャー投げ、又は投擲の手を伸ばし円盤投げの手法で投擲するのは、ファウルとなる)。
グライド投法(オブライエン投法)はパリー・オブライエン(アメリカ)に寄って考案された投法で、投擲方向に背を向ける形で構える独創的なもので、助走と上体の捻転から生まれる力をより長い時間砲丸に加える事で、それ迄の投法よりも飛距離を稼ぐ事が出来る。
現在、日本ではグライド投法(オブライエン投法)が主流であるが、海外の強豪選手は、回転投法の選手が主流になりつつある。
然し、安定しない投法である事から、敬遠する選手がいる事も事実である。
オリンピック陸上競技における砲丸投げの投法の主流は、この回転投法に移行しつつある。
世界記録は1990年アメリカのランディー・バーンズが23m12㎝投げたものである。
日本記録は2018年中村太地が18m85㎝投げたものである。
2.5メートルの円形の場所(サークル)から投げ、34.92度の角度のライン内に入った物だけが有効試技(良し)となり、ラインに触れる、又はサークル外(サークルの1.25mにあるライン前)に出る、若しくはラインの後ろからであっても投げた勢いを殺せずそのままサークルから出てしまうと無効試技(ファール)となる。
又、円盤投では落ちた地点にペグ(地面に突き刺し、選手・審判に何処に落ちたかを分からせる道具。数字が書かれている)を使う事もある(特に高校・中学校の大会で多い)。
世界記録は1986年東ドイツのユルゲン・シュルトが74m8㎝投げたものである。
日本記録は2017年堤 雄司が60m74㎝投げたものである。
ベルリンオリンピックでは、女子で中村コウが38m24㎝投げて4位、峰島秀が37m35㎝投げて5位と2名の入賞者を出し、ヘルシンキオリンピックでは吉野トヨ子が43m81㎝投げて4位入賞した事がある嘗ては日本女子投擲伝統の種目でもある。
ハンマーは、長さが男子1.175 - 1.215メートル、女子1.160 - 1.195メートルのワイヤーの先に砲丸がついている。
ハンマー全体(砲丸・ワイヤー・グリップ)の重さの合計は、男子が7.260キロ(16ポンド)、女子が4.000キロ(8.82ポンド)。
直径2.135メートル(7フィート)の円形の場所から投げる。
角度34.92度のラインの内側に入った物だけが有効試技となる。
回転数は選手に寄って異なるが、通常は3回転か4回転で投げる。
以前は3回転投げが主流であったが、現在殆どのトップアスリートは4回転で投げている。
重いハンマーを高回転で安定的に投げる技術力と、投げる瞬間、背筋に掛かる400kg以上の負荷を支える強靭な肉体が必要で、この種目におけるトップアスリートは20代後半から30代の選手が比較的多い。
1986年ソビエト連邦のユーリ・セディフが投げた86m74㎝が世界記録である。
因みにユーリ・セディフは現在で言うウクライナの選手である。
日本記録は2003年に室伏 広治(むろふし・こうじ)が投げた84m86㎝である。
フルネームは広治アレクサンダー室伏。
母親はルーマニアの槍投げ選手。
因みに女子の日本記録67m77㎝は、妹の室伏 由佳(むろふし・ゆか)が記録している。
彼女は円盤投げの日本記録も持っている。
やりの重さは、男子が800グラム、女子が600グラム。
やりの長さは、男子が2.6~2.7m、女子が2.2~2.3m。
角度約29度のラインの内側に落下した物だけが有効試技となる。
但し、やりが地面に落下する迄は助走路に留まらなければならない。
世界記録は1996年、98m48㎝投げたチェコのヤン・ゼレズニー。
彼はバルセロナ・アトランタ・シドニー五輪の三大会連続金メダリストでもある!
日本記録は1989年、溝口 和洋が87m60㎝投げたものである。
2009年世界陸上競技選手権ベルリン大会で82m97㎝投げた村上幸史が3位となり、この種目で初のメダリストとなった。
1932年ロサンゼルスオリンピックの真保正子が39m7㎝投げて4位入賞したのが、この種目で日本人女子選手最初の入賞者となった。
実は、オリンピック陸上競技投擲部門において日本人メダリストは・・・2004年アテネ五輪で室伏広治が金メダル(実はハンガリーのアドリアン・アヌシュが本当は金メダルだったのだが、ドーピング疑惑で剥奪された。尿検体すり替えがバレた為、再提出求められたのを拒否った為、銀メダルから繰り上げされた)を、2012年ロンドン五輪で室伏広治が銅メダル獲得したものの他は無い(二個だけ)!!
う~む、日本選手の投擲競技に奮闘して欲しい!
キリがないが、日本人で世界記録保持者は他におらんのかって!?
もっといないんか!?
砂田貴裕は1998年のウルトラマラソン(100㎞走る)で6時間13分33秒で世界記録保持者だ。
20㎞競歩では鈴木雄介が2015年1時間16分36秒で走った。
競技会では50kmWの様に最後にW (walk) を付けて表記する。
陸上競技種目で唯一の判定種目である。
ルールに沿った歩形(フォーム)を維持しながら歩かなければならず、順位やタイムだけで無くルール(失格)との戦いがある。
競歩のルールは幾度か改正がされている。
現在、男子20km・男子50km・女子20kmがオリンピックの競技種目で実施されている。
戦後、1948年ロンドン大会と1952年ヘルシンキ大会は50㎞とトラック10000mが行なわれ、1956年メルボルン大会で10000mは道路の20kmとなり、それ以降は1976年モントリオール大会で50㎞が行なわれなかったのを除き、男子は50㎞と20㎞が実施されている。
歩く競技とは言え、世界大会レベルとなるとその速度は走っているものにも劣らない。
この換算タイムは所謂サブスリー(市民ランナーがフルマラソンで三時間を切るタイム)と呼ばれ、マラソンのセミプロランナーレベルである。
又、体力の消耗が激しい場合、マラソンならば速度を落として「歩きだす」といった光景が見られるが、競歩の場合は(スピードは速いが)競技自体が歩いている状態である上、日常生活における普通の歩行法を行うと「ベント・ニー」の反則と判定され失格になる可能性もある為、バテてしまうと歩行すら困難になってしまい完歩すら出来無くなる等、イメージとは裏腹にかなり過酷なスポーツである。
近年日本男子勢が強化策の一環としてサロマ湖100キロウルトラマラソンを完歩すると言う過酷なチャレンジをしている。
国際陸連は非公認であるが、2時間等の一定時間で歩いた距離を競う競技や、欧米では100km競歩の競技会も行なわれ、世界記録も存在する。
常にどち等かの足が地面に接している事(両方の足が地面から離れると、ロス・オブ・コンタクトと言う反則を取られる。以前はリフティングと言う名称だった)。
前脚は接地の瞬間から地面と垂直になる迄膝を伸ばす事(曲がるとベント・ニーと言う反則を取られる)。
ベント・ニーは、前脚を曲げただけで「歩く」の定義から外れるが、この理由は、人間は、走る時は足を曲げたり伸ばしたりする「反動」で推進力を得ていますので、
膝の曲げ伸ばしが「走る」と言う意味合いが濃い為、競歩の定義として定められているからです。
膝の曲げ伸ばしが「走る」と言う意味合いが濃い為、競歩の定義として定められているからです。
彼は石川県能美郡辰口町(現在の能美市)出身!
腰帯(ようたい: pelvic girdle)は、脊椎動物の後肢の基部となる肢帯である。後肢帯、下肢帯、骨盤帯とも呼ばれる。腰帯は基本的に以下の3種の骨から形成される。これ等は全て内骨格性骨格である。腸骨+恥骨+坐骨である。

この三者が癒合した物を寛骨と呼ぶ事もあり、骨盤と同じ物と考えて大凡間違いは無い。肩帯はその構成する骨の多様性が大きく、群に寄ってかなり異なる事が多いのに対し、腰帯はその進化上の始まりから、どの動物群においてもこの3種の骨で形成されている事に殆ど変化が無い。肩帯の様な構成骨数の増減も稀で、地中生活・水中生活等に対応して腰帯自体が退化している動物を除くと、ほぼ全ての動物にこの3種の骨が揃っている。但し一部の動物で、恥骨の前方に前恥骨と呼ばれる骨要素が現れる事がある。

腸骨は腰帯の背部を占める要素であり、恥骨は腰帯の腹側前方、坐骨は腰帯の腹側後方を占め、三者の交点に寛骨臼(大腿骨の関節窩)が位置するのが通常である。腸骨は仙部肋骨を介して椎骨と結合する。大腿骨から関節窩を経て腰帯に伝えられた荷重は腸骨・椎骨間の結合に寄って体幹に伝わる。腰帯の腹側では左右の恥骨・坐骨が結合して、全体として腰帯は環状になっている事が多い。環状になっている場合、消化系・泌尿生殖系はこの環を通って後方に開口する。哺乳類の陰茎の様に、かなり前方に開口している様に見える場合でも、実際の尿管・生殖管は後方の骨盤開口部から前方に大きく迂回している。
単弓類から哺乳類に進化する当たって、元来背則にあった腸骨が前方に伸び、恥骨は下方に、坐骨は後方に移動し、全体として前後に細長くなった。通常、恥骨と坐骨は一旦前後に分かれた後、先端部で再度結合する。それに寄り恥骨と坐骨の間に開口している孔は閉鎖孔![閉鎖孔,役割,人間,骨,穴,付き方,坐骨]()
と呼ばれる。左右の腰帯要素の腹側の結合は恥骨で行われ、これを恥骨結合と呼ぶ。骨盤開口部は、胎生と言う生殖様式に応じてメスの方が大きくなっている事がある。
単孔類と有袋類には前恥骨が存在する。他にこの前恥骨を持つのは前述の翼竜類だが、哺乳類の先祖の単弓類にも翼竜の先祖の主竜類にもこの骨は存在しない事から、お互い独立に獲得した物と考えられる。その機能が明確で無い事は翼竜類と同様だが、哺乳類が持つ前恥骨は体腔や育児嚢の保持に役立っているのではないかとも推測されている為、袋骨と呼ばれる事がある。但し、この袋骨はメスだけで無く育児嚢を持たないオスも持つので、その名称から誤解しない様に注意が必要である。
哺乳類の特徴である前後に伸びた腸骨は、ヒトにおいては二次的に再度短縮しており、内臓を下から保持するバスケットに例えられる形状に変化している。これは直立二足歩行に関連して適応したものと考えられており、大腿骨の形状と合わせて人類の祖先化石が発見された際に直立二足歩行出来たかどうかを判断する指標にもなっている。
2016年3月16日、リオデジャネイロ五輪の最終代表選考会の全日本競歩能美大会(20日・石川県能美市)を欠場すると発表した。
股関節痛が完治せず、十分な練習が出来なかった為。
メダルの有力候補だった、鈴木のリオ五輪日本代表選出は消滅した。
それもあってか、2018年2月9日に所属先の富士通より、鈴木が日本陸上競技連盟の強化費約30万円を不正申請した事が判明、2017年10月1日~2018年3月31日迄6か月間登録会員資格停止処分を受けた事を発表した。
鈴木は、2015年の男子20Km競歩世界記録達成及び同年世界陸上北京大会日本代表選手の実績で、翌2016年度に強化選手として最高のゴールド指定により、年間1000万円迄費用を受取る事が可能だった。
だが、2016年10月~2017年3月の約半年間、東京都内の治療院に150回通院の交通費申請を、実際は都内の親族宅から通っていたが、偽って千葉市内の選手寮からと報告。
更に通院していない8回分の治療費も請求していた。
強化費は実費を申請し支払われる形式だが、陸連の申請内容確認作業中に不正が発覚、鈴木は申請全体を取り下げた情けない事態も起こしている・・・何やってんだよ・・・
100㎞ウルトラマラソンでは、安部友恵が2000年に6時間33分11秒の女子世界記録を立てている。
本当に陸上競技では未だ未だ世界との差が大きいなあ。
サッカーですら現在FIFAランキング61位・・・エクアドルやパナマ、韓国やブルキナファソより下位だしなあ・・・
頑張ろうぜ
日本!!!!